CONOE銀座イースト

CONOE銀座イーストは、アパグループが展開する都市型ラグジュアリー分譲マンションブランド「CONOE」シリーズ。岩本ビルと内外ビル以上のようなビルの新増築をもってして乱増人する價室需要を満たすことはできなかった。そこで当社は昭和20年代後半にいくっかの他社ビルを支配下に収めたが,その主要なものは岩本ビルの買収24年3月,突如として米軍の調達部長フレゴシー中佐から当社に対して強い調子と内外ビルの賃借であった。当社は,もとより抵抗工作を試みたが,指定期になってとりあえず三号館新館(中三号館)8階の食堂の一部ほか4室合計465坪を提供することとし,同月 中には特別調達庁があわただしく入館した。しかし,これはあくまで応急の措置で接あり,同庁のためにもっとひろいスペースを提供することが,当社の任務として残さた。収解除となったため,当社はこのとき千代田区神田岩本町3番地所在の中教出版所有のビルを買い取る話がもちあがり,当社は25年9月に同ビルを9000万円で買収した。同ピルは,地上4階,地下1階の鉄筋コンクリート造りで,延2552坪。買収資金は大阪銀行(現住友銀行)から借り入れたが,これは同行所有の加賀ビルにも特別調達庁が入居しており,同行も当社と同様に特刎調達庁の転出先を探していたという事情によるものであった。26年3月末に特別調達庁は,三井ピル三号館新館および加賀ピルから岩本町のピルに移転した。当社は,同庁の移転によって生じた空きスペースを,信託協会,馬場汽船等に賃貸した。岩本町のビルは当初特調ビルと呼げれていたが,特別調達庁の調達庁への名称変更に伴い,28年7月以降岩本ビルと改称された。
当社は,27年10月に内外ビルヂングの株式を買収し,同社所有の内外ピルを賃借のうえ管理運営することになった。内外ピルヂングは大正11年(1922)大日本製糖により設立された会社(昭和17年に㈱康徳会館と改称,24年に旧社名に復帰)三菱地所の子会社陽和不動産㈱所有の于代田区丸の内二丁目18番地の土地を賃借し,地上9階,地下1階,鉄筋コンクリー]ヽ造り,延3540坪の内外ピルを昭和2年に建築していた。同社の株式は,17年に満州国に全株買収されたあと,20年7月以降国際善隣クラブの所有となっていたO内外ビルヂングの株式買収に関しては,国際善隣クラブの株式所有権に対するクレームと,内外ビルが接収中であるという問題があった。しかし,前者については綿密な法律的調査の結果同クラブの所有権が確認され,後者についても28年3月ごろに接収解除の見込みとなったため,最終的には江戸常務の思い切った判断で株式買収にふみ切った。江戸常務は,当時三井物産再合同へ向け着々と準備を進めていた第一通商の岡本忠社長から,28年3月の第一通商による極東物産,三信貿易の吸収合併までに1200坪の事務所を確保してほしいと要請されていたのである。近隣施設:ファミリーマート

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