江東区の歴史

江東区の歴史

江東区

江東区は江戸時代まで河川のデルタ地帯の一部で、海面と小島がありました。江東区の発展は江戸時代の初期の埋め立てから始まりました。新田開発を行い、そこで働く人が住み始めます。さらに埋立て開発の進んだ深川に武家屋敷や社寺を創り、市街地へと変わっていきます。明治時代になると広い土地と水運を利用して、工業が栄えていきます。昭和22年に35区の区画整備が行われて、新川と城東が合併して現在の江東区となりました。水に恵まれた土地の特色を活かして発展した区といえます。なんと130年の年月で江東区の面積は3.5倍に埋め立てられています。どうしてここまで埋め立てが江東区エリアでは増えたのでしょうか?それは東京湾は非常に浅瀬のため、埋め立てがしやすかったのです。浅瀬で船が入れないデメリットも埋め立てることで解消するという一石二鳥です。
現在の江東区は、東京都の東部の区になります。工業地域、錦糸町は飲み屋街として発展しました。南砂地区などに大型の分譲マンションや商業施設が建てられ、人口が増えていった。しかし、少子化問題によって小学校が統合した後に開発されたため、幼児の数と小学校、保育園の数が合わず待機児童が増加している問題を抱えている。人口は42万ほどで昼と夜の人口はほぼ変わらない。江東区の中で今一番人気の街といえば豊洲です。豊洲は埋立地の為、東日本の地震の際に液状化現象の報告がされた。やはり埋立地は危ないという噂があったが、ららぽーと豊洲やヴィヴァホームなどの大型商業施設やスーパーができ、生活面でも子供の環境にも良い街として分譲マンションの坪単価は上がり続けている。タワーマンションが多く建築され人口は4万人弱と20年間増え続けている。一つのタワーマンションが建築されると1000戸ほどの部屋が増えるため、一部屋3名としても3000人増えるとすればこの増加のスピードも納得できます。2018年から新豊洲のエリアの豊洲6丁目にも大型のタワーマンションが建築されている。ららぽーと豊洲も敷地を拡げてなお大きくなり、公園も整備されていて、今後も豊洲の街の人気は続きそうです。

豊洲

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