アネーロ銀座

アネーロ銀座 外観
アネーロ銀座

マンションの市民化・大衆化路線の進展していく。大量普及、一般化に伴い、昭和四〇年代半ばごろになると、マンションの管理問題がクローズアップしてきた。居住者、分譲マンションの購入者区分所有権者の一部から、管理についてのクレームがでてきたりして、マンション業界がこの問題と真正面から取り組まなければならない状態になってきた。というのは、それまでのマッショッ業界では、かなりの会社が、建設と分譲販売には懸命になるが、管理は二の次といった傾向にあって、管理についてのルールや手法についての研究や工夫に欠けている、という面もあったのだ。だが、マンションが多くなり、かつ、三七年制定の建物区分所有法も次第にこの世界で定着してくると、やはり、管理をキチンと行うことが、社会的に要請されるようになってきた。端的にいって、どんないいマンションを建てても、管理が悪いと、そこに住んでいる人たちの毎日の生活に不快なことも発生する。管理をキチンとやらないということは、いわば魂入れずということにもなってしまう。それにまた、マンションは堅牢な不燃構造のものといっても、やはり時間とともにいろいろな損耗現象もでてくる。こうした損耗に対して、適切な修繕などの手を打っていかないと、老朽化という危険もある。「マンションのスラム化説」といったことも、一部の識者から指摘されるようにもなってきた。こうした指摘に対してマンション業界は、「すぐれた管理をもって運営していけば、スラム化などあり得ない」ということを、自分たちの管理の実績をもって立証しなければならなくなってきた。この当時の実態としては、この分野についてはまだ不十分な点が少なくなかった。分譲マンション、区分所有建物における管理という仕事は、だれがどういう責任において、どのように拉当していくか、また、管理の仕事の法的な、あるいは現実的な範囲はどう考えたらいいのか、という基本的なことから検討しなければならない状態にあった。「建設と分譲」の仕事に比べると、「管理」は「あまり儲からない仕事」である。だが、マンション会社としては、この「儲からない仕事」をキチンと行っていかないと、マッション全体が需要者にソッポを向かれてしまう破目にもおちいりかねない。

わが国での分譲マンションでの住生活の歴史はなお浅く、共同住宅(アパート)といえば賃貸のものが普通だったこともあって、このころはまだ、マンション供給業者側にも人居者(購人・居住者)側にも、区分所有で各住戸は人居者の所有になっているにもかかわらず、なお賃貸の場合の「大家と店」的な意識が強く残っており、しかも、双方がこの意識を「自分に都合のいい形」でもっているケースが多かった。つまり、会社側は「店子は大家のいうことを聞くべきだ」とし、入居者側は「大家だからなんでもかんでもやってくれるべきだ」という考え方になり、この両極端に離れた考え方の
ために、さまざまな混乱も発生していたのだ。たとえば、区分所有についてほとんど法的な知識のな入居者が、なにもかもクレームとして会社にぶっつける、区分所有のシステムについて知っているはずの会社が実はよく勉強していず、そうしたクレームが会社の責任であるかどうかを十分に検討もせず、ひたすら逃げようとする。責任の範囲、所在を明らかにして適切に処理しない、ということもあって、人居者の不信、ひいては社会一般の不評を買ってしまうということも生じていたのである。

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