クレジデンス東銀座


クレジデンス東銀座は、東京メトロ日比谷線「築地駅」徒歩4分の中央区築地に位置する地上13階建、SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造、総戸数24戸の高級賃貸マンション。薔薇等の高級花舟の栽培,育種を行ない,初めそのほとんどを三井家に提供していたが,やがて日本の園芸界の中心的存在となった。 12年から戸越農園と呼ばれるようになり,既述のように昭和9年に世田谷区玉川用賀町に移転した。下高井戸牧場は,大正7年に三井家の自家用牛乳を確保するため,三井牧場として東京府荏原郡松沢村(現世田谷区桜上水)に開設されたもので,殼寄駅が玉川電車(現東急世田谷線)の下高井戸駅だったので下高井戸牧場と呼ばれ,ホルスタイン種より乳質の優秀なジェルシー一種の乳牛を飼育していた。品質の高い生牛乳で牧場は有名となり,三井家の誇りのひとつとなっていた。
しかし,戸越農園と下高井戸牧場は,三井合名時代から経営的には赤字続きで,昭和16年当時,経費節減に迫られていた三井総元方にとって,これらの赤字の施設を維持することは困難であったご一方,当紅にとって,農園と牧場の赤字を負担することは,創立直後のため十分でなかった三井家に対する株土配当(17~19年は年6%)を補填する意味合いをもってレた。このような事情で当社は,戸越農園と下高井戸牧場の運営を譲り受けたのである。当社はさらに,昭和17年7月には三井物産から元三井合名所有の二信建物㈱の株式4000株を譲り受けた。三信建物は,同2年に三井合名と二井信託の共同出資によって設立された会社で,有楽町の合名所右の土地に,地上8階,地下2階,延6500坪の三信ビル(竣工5年6月)をもっていた。同社の設立時払込み資木金は100万円,発行株式数は2万株であったが,14年株主総会の決定で減資が行なわれ,17年当時には払込み資本金80万円,発行株式数1万6000株となっていた。同社株式のうち合名の持分は,合名と物産の合併に伴い物産の所有となっていたのである。三井物産からの株式譲受けに直後17年10月には二井信託から同社の残りの株式1万2000株を譲り受けた。三井信託からの株式譲受け代金は,払込み金額60万円に対して50万4000F9であった。このようにして,三信建物の全株を取得したことによって,当社はΞ信ビルを事実上自らの所管下におくことになった。近隣施設:マルショク

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