サンクタス東京セントラルベイ

サンクタス東京セントラルベイ 外観
サンクタス東京セントラルベイ

近隣施設:勝どき区民館

水回り部分の一つである浴室、あるいは洗面化粧コーナーの充実もいちじるしい。50年代なかばごろになると、浴室の大型化が盛んになり、。ゆとりのある浴室スペース”が販売のためのキャッチフレーズになる。大型化だけでなく、従来はプラスチック材がそのまま浴室内の仕上げとなっていたが、50年代後半には、ユニットバス方式ではあっても、スペース内はタイル貼りという浴室が増加する。セキュリティシステムの出現と普及し、マンション内における生活が安全であるように、すべての居住者が願うところだが、一方、昭和50年代なかばから、エレクトロニクス技術が発達、これがマンションにおけるセキュリティーで用いられるようになった。マンションシステムとして居住形態はコンクリートのところから、事故や室内災害が他へ知らされないという性質を持っている。そこで、かなり早くから自動警報装置などが備えられてきたが、エレクトロニクス技術、あるいは通信技術の発達によって、事故や災害の発生を管理室で集中的に管理するシステムが、55~56年ごろから次第に設けられるようになった。いわばマンションにおける情報化対応であり、その後、情報化対応が進み、テレコットロール可能のマンション、パラボラアンテナ付き、あるいは有線放送設置のマンション等へと進展していくわけである。

超高層マンションの増加と話題を集めたプロジェクトが昭和55、56年ごろから行われ、超高層マンションが次第に増加するようになる。分譲マンションにおける超高層の最高階数は、従来は昭和46年に完成した三田綱町パークマンション(東京・港区三井不動産)の19階であることはすでに述べた通り。その後、同マンションは長いあいだにわたって超高層マンションのトップの座を占めてきたが、昭和53年になると、東神奈川トーカイプラザ(横浜市、トーカイプラザ)が完成した。25階建ての超高層マンションで、つづいて55年にはアステム芦屋浜(芦屋市、アステムグールプ)で、29階建て3棟、24階建て2棟の超高層マンションが完成する。このアステム芦屋浜とは、建設省による芦屋浜設計競技によって建設されたプロジェクトで、アステムグループとは、竹中工務店を中心とする企業グループであるが、この29階建てという階数は、これまた最近まで超高層トップの座を占めつづけてきた階数であった。さらに56年には、先にふれたサンシテイG棟25階建てが完成する。このサンシテイは三井不動産・旭化成の共同事業によるもので、51年から建設が進められていたが、プロジェクト全体のシンボルタワー的な意味もあって超高層の建物が建てられた。このように昭和50年代なかばごろには、各地で超高層マンションが次々と建設されたが、これも、昭和40年代末ごろから50年代なかばにかけて、超高層ビルが数多く建設されており、超高層建築の技術が発達、超高層マンション建築へと応用された点が背景にある。

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