グランド・ガーラ銀座

グランド・ガーラ銀座 外観
グランド・ガーラ銀座

マンション会社と直接関係のない管理会社が、入居者の管理組合と契約して管理業務を受託している場合である。この場合には、理論上は管理組合がなく、各個契約でもできるわけだが、実態としては契約者の責任ということからみて、組合との契約でなければ実現しないとみるべきであろう。こうした管理会社とマンション会社との関係については、いろいろな場合が想定される。マンション会社がこの管理会社はサービスのゆきとどいた会社だからとして管理組合に推せんした場合が多いようだが、そうでない場合も発生している。たとえば、はじめはそのマンション会社の管理部門ないしは系列の管理会社が管理していたが、どうもよくないので、管理組合が委託契約を解約し、仝然別な管理会社と交渉して、新たに契約を結んだ、という場合もでている。新しい管理会社を入れたら、今度はうまくいくようになり、以前のマッション会社・系列管理会社が恥をかいた、といった話もあった。入居者の管理組合が自主的に管理する、という方式である。つまり、自分たちないしは自分たちが雇った作業貝によって管理業務を運営していく、というものだ。ただし、この方式はせいぜい二〇戸くらいまでの小規模なものでないと、実際上は不可能なので、一般のマンションでの実例は多くはないとみられる。管理組合を設けてその委託で、以上の六つの方式について、それぞれの得失を考えてみることにする。まずは、前記のように特殊な小規模のものでないと実現せず、一棟で六〇戸とか七〇戸というような通常のマンションでは成り立たないものなので、別途のものと考える。次に問題なのは㈲と口である。これは、いずれもいい方式とはいえないものであった。とくに、入居者一般というようなものには、統一した意見、方針といった方向は生まれ難いものである。個々に契約しているとはいえ、漠然とした相手からの委託ということだと、トラブルも起こりやすいこととなる。各住戸の人たちの意見を統一する機関が不在なのである。各住戸すべての人々に対応しようと苦労したあげく、肝心の委託者の方がバラバラなため、結果は管理の不公平ということともなり、不評を買ってしまう。このころまでのマンション会社では、「組合との契約」というのを敬遠し、クレームの各個解決といったことを考えていたところが多かった。「組合」というとすぐ「労慟組合」を連想し、団体交渉の相手などしたくない、といった傾向もみられた。むろん、こういう考え方は時代おくれで、やはり管理についての交渉主体、統一意志をもった契約対象がツキリしていてこそ、合理的な管理ができる、ということになる。かつてのデラックスーマンション時代には、会社役員などが入居者で、金持ちケンカせずで、管理費もタップリ払い、万事おうようで、とくにトラブルもなかった、という話もあった。しかし、いかにリッチマンたちといっても長い歳月の間には、いろいろと問題も発生するはずである。そして、こうしたリッチマンたちは、人の上に立っている人たちだけに、いざ問題となるとその自我は常人以上に強く、より深刻なトラブルになっていくことも考えられる。こういう問題を考えると、やはり、入居者の人たちがキチンと管理組合を設けるということはとくに必要である。分譲マンションを買う人たちは、通常、マンション会社があらかじめ準備している「管理規約」に署名、押印している。この「規約」は当初は会社側が便宜上、標準的なものを用意しているわけだが、その内容の変更権などは会社側にはなく、入居者による管理組合がそうした権利をもっている。したがって、そうした規約がある以上は、法的にみると(建物区分所有法)、潜在的には管理組合があるといえる状態である。ということであれば、人居早々のときに、入居者の人々がキチンと管理組合の創立総会を開き、組合長(組合理事長)はじめ役員を選出する。そして、その後に起きた問題については、管理会社と組合の役員が話し合い、円滑な解決を図っていく、というのが正常な管理運営ということになるわけである。組合対管理会社の契約ということになると、その内容に、委託された仕事の範囲や管理費用も明記されるわけで、そうした約束の上で管理が行われることになる。

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