プライムアーバン勝どき

プライムアーバン勝どき 外観
プライムアーバン勝どき

月問契約率の低下は、いわゆる流通在庫戸数の増加をもたらす。第四次ブームのさなか、この戸数はいちじるしく減少、最低時の54年4~6月のころには、首都圏内の流通在庫は3000戸を割るほどであった。この戸数が、55年後半には増加の一方で、55年11月にはついに一万戸を突破した。マンションが完成してもなお分譲中のものを完成在庫と称しているが、この完成在庫の戸数、すでに述べたように最低時(54年11月)には首都圏で283戸。ところが、年が明けて55年となるや次第に戸数増加傾向をたどり、55年10月にはて138戸、そして年末1月には1858戸と2000戸に迫る戸数となった。このようにマンションの分譲価格が高騰し、売れ行き不振の状況を示すようになると、当然、分譲戸数の減少を生むことになる。首都圈マンションの分譲戸数は、売れ行き好調時の53年には5万4700戸、54年には5万3772戸と大量供給が行われたが、55年にはこの戸数が激減、この年の供給戸数は4万8471戸、前年比で9.9%もの減少であった。戸数が減少してもなお月間契約率は低水準卜という現象は、需要そのものが冷え切っていたことを如実に示している。なお、56年に至ると、分譲戸数は5万4672戸と53年のピーク時と肩を並べるほどに回復はしているが、この年の月間契約率平均は、55年の65.4%にくらべてなお低く、54.1%という低率を示している。同時に56年末の流通在庫は1万9233戸とほぼ2万戸に接近、その後しばらくのあいだ流通在庫大量時代を迎えることとなる。このように、55.56年の分譲戸数は二進一退の状況であるが、そのなかでは、分譲されるマンション戸数の地域分布が明らかに構造変化を示していることがわかる。つまりこのころのマンション分譲では、都心部(東京23区)のマンションの割合が多かったが、55.56年となると、東京23区以外の戸数の割合が急増する。というのも、すでに述べたような地価上昇によるマンション価格の上昇を少しでも押さえるため、マンションの立地分布が次第に拡散したためである。

具体的に、都心部マンションと都心部以外のマンションの割合を、53、54年と55.56年とに分けて考えてみると、53.54年の供給戸数(計)は10万8742戸で、このうち東京23区内が6万96戸(55.4%)、東京都4391戸(4.0%)、神奈川2万276戸(18.7%)、埼玉1万1733戸(10.8%)、干葉1万1976戸(10.0%)これで見ると、53、54年に供給されたマンションのうち過半数(55.4%)は束京23区内にあるもので、都心部こそマンション適地であるという考え方が一般的であると同時に、それがまた可能であった時期である。ところが55.56年になると、両年合わせた供給戸数は10万3143戸、このうち東京23区内のものが4万6889戸(45.5%)、東京都7381戸(7.1%)、神奈川2万3634戸(22.9%)、埼玉1万5826戸(15.3%)、千葉4130戸(9.1%)と、このように53年と54、55年にかけての分譲戸数地域分布の変化を見ると、まず、明確に表れているのが、束京23区内マンションの激減。戸数でいえば6万96戸から4万6889戸へと1万327戸の減少であり、首都圏マンション全体にたいする割合は10%ほど低下し、全体の過半数をはるかに下回ることとなった。もう一つは神奈川における分譲戸数の割合の増加である。53.54年には、首都圈マンションを占める割合はであったものが、55.56年にはこれが22.9%と、4.2ポイントの上昇ぶりである。神奈川県におけるこの傾向は、50年代初頭からつづいてきたが、55.56年ごろにはこの傾向が定着し、首都圈における、もっとも有力なマンション地域となったわけである。住宅・不動産をめぐるさまざまな動きが始まる。このころの住宅・不動産をめぐる政策的変遷や出来事をあげておこう。昭和54年5月には、第30回世界不動産連盟総会が東京で開催された。東京での開催は41年につづく第2回であり、わが国の不動産業界が世界の不動産業界に占める地位が年ごとに高まっていることを示している。54年の10月、高層住宅管理業協会が設立、2月社団法人認可された。マンションが大量によ建築されてからマンションにおける管理業務建設される重要性がマンション分譲業者、管理業者、あるいはマンショッ所有者などのなかで改めて認識されるようになってきており、とくに管理業者が一致団結し、管理業の地位と質の向上をはかることが必要となっていた。こうしたことから日本高層住宅協会が中心となって、高層住宅管理業協会が設立され、設立時の会員数は136社、会長に安藤太郎、理事長に秋元一良がそれぞれ就任した(詳細は後述)。このころ、地価の上昇がいちじるしいことはすでに述べた通り、55年1月1日現在の公示地価の上昇率(住宅地)は、前年比3%を示し、翌56年には4%を示したほどである。とくに束京圈の住宅地の上昇率は18.2%にも及んだ。

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